いつも感じる人生の幸せって、形はないですし、哲学や倫理で書きたいとも思いません。
僕は余り理屈で終わる哲学や倫理って余り好きではないのです。現実味を帯びた話の方が好きですね。

結構、30代後半で思うのは、自分をしっかりさせようとこればかり思っています。
よく言うじゃないですか。他人を幸せにするなら、自分をしっかりさせるって。これって、僕が思うのは、亀のように地道でも、ちゃんとした人と見られる事だと思うのです。
失われた八年間、そこだけ、無意味ではありませんでしたし、どんな物事にも、無意味ってないのだと思います。

ボーダーと付き合った八年間で、大事だと思ったのは、世間を見られたという事と、散々嫌な思いをして、周囲の関係者からも色々思われたりしましたけど、考えがはっきりしたというのはあるんです。
ボーダーと付き合っていると、それの考えに凄く染まります。
でも、ちゃんとわかっているんです。逆らう事が出来ないだけで、正しい方向じゃないし、逆に物事の理解が分かってくると思うのです。

奪われた八年間というより、30代後半になって、失敗が多く、これからも失敗は当然するでしょうけど、それで成長していこうと思っています。

たった今、こたちゃんが、何なのかくるくる回っていました。
今日も散歩に行きたかったのでしょうかね。
明日は連れていこうと思います。

誰かのためというより、自分のために生きるというのが大事と気がついて、それから、自分の目で物事をよく見ようと考えています。
それは当たり前だと思う人もいるでしょうね。
それはさておき、親とちょっと雑談していた時、100歳のおじいさんが、老人ホームではなくて、一人で暮らしながら、人生を楽しんでいると聞きました。
足腰丈夫なのだそうです。
凄いですね。長寿社会って、やっぱり健康である事もとても重要ですよね。

僕がいつも危ないと思う事は、うなじの痙攣です。
薬の副作用なのか、うなじが地震でも起きるかのように、痙攣する事があるのです。
ちゃんと外に出ていると、抑えられるのですが、家にいると、止まらなくなったり、たまに、人前で痙攣してしまう事まおります。
これが治ると、人前でもっと話せるなと思っています。

仕事は60まで、それ以降は、悠々自適な生活、それって結構素敵で、健康って特に意識します。
精神の健康は、健全に人と触れ合っていくことだとも思っています。体の健康もちゃんとしなくてはなりませんね。